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書き込み帳3

コメント: 10
  • #10

    管理人 (月曜日, 18 1月 2021 20:11)

    きゅうりとトマトとかぼちゃの話

    きゅうり
    1本のひもがあれば、自力で登ってくれる。周りを見回せる。
    自らの道しるべをする。

    トマト
    たえず、ひもに支えられたり、雨風を受けないように、見守ってあげないといけない。

    かぼちゃ
    苗が出たとき、かぼちゃときゅうりは同じに見える。
    きゅうりとかぼちゃの苗はそっくり。
    きゅうりの所にかぼちゃの苗を植えると大変なことになる。
    かぼちゃは1本のひもを無視してそこら中にツルをのばす。
    俺が俺がと言って周りはどうでもいい。

    これは人の生き方に似ている。
    ほとんどの人は、きゅうり、トマト、ほんの少しのかぼちゃを併せ持っているのでは。
    ひもを見失うことで、
    悲しいことが起きてしまったのかもしれない。
    例えば、病気で、しおれてしまったら、ひもを見失う。
    心の病気も同じ。
    そんな気がしている。

  • #9

    管理人 (日曜日, 17 1月 2021 18:26)

    1/30(土)ZOOM分かち合いは締め切りました。

    遺族から聞いた情報。
    四国八十八ヶ所霊場第二十二番札所平等寺のオンライン参拝
    https://byodoji.jp/live
    興味のある方は、上記参照してください。

  • #8

    管理人 (木曜日, 14 1月 2021 22:19)

    数十年前だが、勤務先の同僚が朝救急搬送されたと、連絡があり、
    病院に向かった、そこには、お母さんと、すでに会社の人2名。
    ほどなく、ドクターから説明があった。
    それは、脳出血で、もう助からないとのこと。
    お母さん以外は、涙をにじませていた。
    お母さんは淡々とドクターの説明に耳を傾けており、
    悲しむ様子が感じられないことに少し違和感があった。
    死亡が確認され、葬儀屋さんと、一緒に自宅へ。
    私も、自宅へ一緒に行き、安置。
    そのときも、お母さんは冷静そのものに見えた。
    お通夜の時も冷静に見えた。
    今思うと、きっとお母さんは
    頭では起きたことは理解しているつもりでも、
    ・何が起ったかわからない
    ・信じられない
    ・泣くことができない
    ・悲しいはずなのに悲しくない
    ・何も考えられない
    苦痛が大きく、心が崩壊しそうな状態の時、
    身体は心を麻痺させて感情的苦痛を感じない反応だと聞く。
    自分も大切な人を亡くし、また複数の遺族の方からの話を聞くと
    程度の差があるけど、同じよう経験をしている話を聞くことが多い。
    そんな状況だったと今になって理解できる。

  • #7

    管理人 (火曜日, 12 1月 2021 22:07)

    第39作  男はつらいよ 寅次郎物語 の名言

    満男「伯父さん、人間てさ、人間は何のために生きてんのかな?」
    寅「難しいこと聞くな・・・何というかなあぁ、生まれてきてよかったな、
      って思うことが何べんかあるんじゃない。そのために生きてんじゃねえか」
    滿男「ふーん」
    寅「そのうち、おまえにもそう言う時が来るよな。まぁ、がんばれ」

    思い出したことがある。

    初めて大切な人の隣で眠った。
    そんな時間の中で、生まれてきたのはこのためだ。
    ずっと一緒に生きようと思ったこと。

  • #6

    管理人 (日曜日, 10 1月 2021 22:11)

    間もないころは
    遺品を見ると、つらく苦しくなってくる。
    遺品整理はつらいもの。
    処分することは勇気がいる。
    処分することは、思い出と縁を切ることと感じてしまう。
    最近よく見かける言葉が「手放す」
    捨てることではない。
    捨てるのではなく、手放すと言い換えると気持ちが楽になる。
    思い出ではなく、執着を手放すと考えると気持ちが違う。
    そうは言っても、無理だと思えば、
    そのまま、終着するまで、味わえばいい。
    いずれ終着する感覚がふとやってくるのがわかるようになると思う。
    実は、私が最近終着したものがあるから。

  • #5

    管理人 (土曜日, 09 1月 2021 08:47)

    新型コロナ感染が止まらない事、緊急事態宣言も発令されていますので、
    1月30日(土)の雨宿りは中止とし、オンライン(ZOOM)での開催に切り替えます。
    今回は、申込制にしました。参加は5名で締め切り。
    トップページの
    「申し込みはこちらから」
    をクリックして参加申し込みお願いします。

  • #4

    管理人 (水曜日, 06 1月 2021 22:59)

    悲しいことが起きてつらい時、
    どうしても、そこから抜け出したくなるが、
    いくらもがいても余計つらくなるだけ。
    車が、凍結路面でスリップしたら、
    ブレーキを踏んだり、ハンドルを切ることより、
    流れに任せることが一番。
    同じように、つらく苦しくても、流れに任せること。
    そう思ったら、未来への不安もそれほどでもなくなってきている。

  • #3

    管理人 (火曜日, 05 1月 2021 21:20)

    今回の年末年始は悲しいことが起きてから7回目。
    前回までは、引きこもるなどして、一切年末やお正月の感覚は
    避けてきていたが、今回は新型コロナの影響もあると思い、
    それほど、年末年始感はないだろうと思っていた。
    いざ外に出てみると、そんなことは無く、ファミリー連れが多く年末年始感満載。
    だが、不思議につらくない自分にびっくりした。
    間もないころは、この悲しみや、自責の念は一生涯続くものと
    思い、特に年末年始はつらくなるだろうと、気にしていた。
    しかも、TV番組も今まで年末年始番組は見ることは無かったが、
    今回は普通に見れて、一人で笑うこともできている。
    間もない方にとっては、信じがたいものだと思うが、変わっていくもの。

  • #2

    管理人 (月曜日, 04 1月 2021 23:38)

    年末に、体調が悪く、抗生剤を飲むことになったが、
    副作用がでてしまった。両目が真っ赤に充血。
    年末年始は病院はやっていないことで、数日間その状態で4日に眼科を受診することが出来た。
    副作用で思い出したが、大切な人は処方箋鎮痛薬で、肝臓障害や胃潰瘍。
    甲状腺機能障害の処方箋薬で、アレルギー等。他にもいろいろあったなあ。
    でもこれは、生きているからこその証。
    当たり前だが、大切な人のそんなつらい姿を見ることはもうない。
    でも、つらい姿を見ることがあっても、やっぱりそばにいてほしいと思ってしまう。

  • #1

    管理人 (土曜日, 02 1月 2021 20:00)

    間もない頃、いつも下を向いて歩いていた。
    天気がいい時、お日様が少し気持ち良くて、
    思わず上を見上げたとき、いろんな物干しものが目に入った。
    他人の干してある洗濯物を見て、つらくなってしまった。
    洗濯物は、日常の営みを見せてくれる。
    日々の小さな幸せを見せてくれるもの。
    自分だけの洗濯物干すときは無性に悲しくなったのを覚えている。
    きっと同じ思いをされた方もいるのではないだろうか。
    でも今では、そんな思いはなくなっている。